四月の夜

今年はいつも以上に染井吉野の開花が進み、4月に入ると、早くも見ごろを過ぎた。八重桜が咲き始めると、次は花水木、いや、その前に藤や躑躅があり、例年だったら、そろそろ亀戸天神や根津神社にでも行こうかと、春の花を追って、浮き立つところだが、このご時世では、なかなか気軽に動けない。

季節の速さでいえば、長年、悩まされている杉花粉によるアレルギーが、いつもより早めに軽くなったと実感できているのが、せめてもの救いだ。名所に行くこともなく、身近に咲いている花を静かに見て、それもまあ、ありかなと納得している。

躑躅が咲きそろう頃、根津神社の境内には、さまざまな楽器を演奏する猫の、陶器のミニチュアを売る露店が出ていて、毎年、ひとつずつ揃えていって、いつかオーケストラを作ってやろうと、ささやかな楽しみにしていた。いまはまだ、イ・ムジチくらいの編成しかないが、それも途絶えたままだ。残念ながら文京つつじまつりも、昨年に続いて中止のようである。

疫病禍など想像もしなかった昔々。1985年の春の桜は4月になってから開花した。その月中旬の週末、飛鳥山公園を訪れたことがある。どこから乗ったか忘れたが、なぜか都電に乗って行った。埃っぽい宴会の喧騒を巧みに避けつつ、盛りを終えて、春の風に舞う花の吹雪をたっぷり浴びながら歩いた。広い公園の端の崖を降りて、高崎線や東北本線の往き交う、線路際の小道にも行ってみた。そして、そのあと、アール・ワイルドのピアノ・リサイタルを聴いた。主催者に電話し当日券があるということで、王子の駅から上野に向かったのだ。

記憶を辿ると、その日は得意の編曲ものやガーシュインは弾かず、シューマンの幻想曲、ショパンのバラードやノクターン、リストのポロネーズなど比較的オーソドックスなプログラム。アンコールの最後にタールベルクのスケルツォを弾いたのが、このピアニストらしい選曲。予想通りの、外連味たっぷりの演奏を大いに楽しんだ。堂に入ったステージマナーで、やはりこの人は大きなホールで鳴らしたほうがいいのに、と思ったものだった。

ヴィルトゥオーゾとして知られたアール・ワイルド(1915~2010)は、本国アメリカでは大ピアニストだったが、レコードが紹介されてこなかったせいもあって、生涯に3度訪れた日本では、最後まで人気を得るに至らなかった。会場は東京文化会館の小ホールなのに、満杯にはなっていない。

そのころの日本の評論家には、技巧が勝つピアニストを軽んじる傾向が、今よりもあって、影響も持っていた。最晩年は毎年来日して、サントリーホールを満員にしたシューラ・チェルカスキーも、同じ時期のリサイタルは、まだ東京文化会館の小ホールでひっそりと行っている。

しかしワイルドの独特のピアニズムの評価は、アメリカでは特に高く、レーヴェルを越えて、世紀末にユニバーサルから出た、全100点に及ぶCDシリーズ「20世紀の偉大なるピアニストたち(GREAT PIANISTS OF THE 20th CENTURY )」のひとりにも選ばれている。その2枚組は、ほかのピアニストと大きく異なって、すべてが編曲作品で占められ、19世紀から連綿と続くヴィルトゥオージティをしっかりと伝えている。なにも「深い精神性」だけが、ピアノの楽しみではない。

ワイルドが蘇演したシャルヴェンカのピアノ協奏曲の録音を、何年かに一度取り出すことがある。すると、必ずセットで、今では記憶が美化された、静かに舞い散る桜の風景と、演奏会の高揚のあとの、まだ肌寒い4月の夜の闇の匂いや空気を思い出す。アール・ワイルドの実演を聴いたのは、結局、そのときが唯一の機会になった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました