冬の旅

なにも歳時記のようにこだわるわけではないが、この季節になると、無性にシューベルトの「冬の旅」が聴きたくなる。もう、一年も暗いニュースが続く“冬の時代”に、死の気配が充溢した、ことさら暗い連作歌曲を聴くというのも、どうかと思わないでもないが。

ドイツの名テノール、クリストフ・プレガルディエンも、なんどか「冬の旅」を録音している。フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーと組んだものは、特に名盤とされるが、今日取り出したのは室内楽との共演版。ペンタドルなるフルート、クラリネット、オーボエ、ホルン、ファゴットの5人の管楽アンサンブルに、アコーディオンのジョゼフ・ぺトリックが加わる。

ここでオーボエを吹いている、1959年カナダ生まれのノーマン・フォルジェが編曲。原曲のピアノに忠実で、アコーディオンが刻む伴奏は素朴だ。管楽器がさりげなく淡い輪郭をつける。通常と少し異なり、ミュラーが最終的に残した、元の詩の通りの順番で歌われる。孤独な表現を極めた、ピアノとの対話とは違うスタイルだが、バリトンではなく作品本来のテノール、しかしそこに、ほのかな色合いで、みんなで作り上げて行くような、こんなかたちが生まれるのもアリだと思って、前から気に入っている。

孤独な青年の心情を吐露する詩、それに呼応する短調の作品が続くなかで、「菩提樹」や「春の夢」の明るい兆しに、いつもほっとひと息つくが、このディスクでは、後半の「宿屋にて」で、ペンタドルのメンバーたちによるハミングが加わって、これがなんとも温かくて、ほのぼのするのだ。

声とアンサンブルの録音バランスは、とてもきめ細かく整えられていて、違和感のない自然な仕上がり。何年か前、東京・春・音楽祭で実演されたおりは、賛否があったそうだが、確かに実演では難しそうだ。バーチャルでのみ可能な演奏表現かもしれない。

公式なものだけでも8度録音しているフィッシャー=ディースカウが、この先も、ずっと「冬の旅」の、永遠のスタンダードであり続けるだろうが、時代が進めば、こんな多様なスタイルもあっていいと思う。最晩年のへルマン・プライが、東京オペラシティだったかで、岩城宏之の指揮する金沢のオーケストラをバックに、鈴木行一編曲の管弦楽版に、果敢に取り組んでいたのを思い出す。


岡村喬生さんが1月6日に89歳で亡くなった。バス歌手としてオーケストラのソロは何度も、もちろん、オペラの当り役の、ボリス・ゴドゥノフやザラストロなどの大舞台も観させていただいたが、毎年2月、東京文化会館の小ホールでずっと続けてこられた「冬の旅」のリサイタルも、一度だけ聴く機会があった。そこでの、テレビやエッセイで見せていた、華やかなタレント活動とはまったく別の、じっくりていねいに、一人ひとりに語りかけるように歌う真摯な姿は、これまで聴いた「冬の旅」の中でも、深く、いつまでも心に残るものだった。まさに、ライフワークだったのだろう。

シューベルト/ノルマン・フォーゲット編:歌曲集「冬の旅」(室内楽版)
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
ジョゼフ・ペトリック(アコーディオン)
ペンタドル(管楽五重奏)
Atma Records *cl*(2007年10月録音)
シューベルト:歌曲集「冬の旅」全曲
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
ドイツ・グラモフォン(1962年録音)

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