今年もシュクメルリ

かつてはどの町にも見つけることができた個人経営の定食屋が、近年ほんとうに少なくなった。コンビニエンスストアの増加、牛丼から始まった、明るく小ぎれいな大手チェーンの大規模な展開で、安直な外食スタイルが、すっかり変化したからだ。たしかに外に出ると、そんなチェーン店でさっと済ませることはあたりまえになった。

高田馬場の駅からほど近いところに、ミッキー食堂という定食屋があって、近くに住んでいた40余年前の一時期、ほぼ毎日通っていた。路地を入ってすぐの、坂の途中にある小さな店で、寡黙な親父さんと感じのいい娘さんがやっていた。たくさんの品書きの中に、炒り豚定食という謎のメニューがあって、いつも気になっていたが、そのころはもっぱら安いコロッケ定食ばかり食べていた。揚げたてのコロッケ2個、どんぶりいっぱいのご飯、熱々のみそ汁がついて、当時300円くらいだったか。注文して、最後にごちそうさまというだけの関係だったが、落ち着いた居心地のいい店だった。郷ひろみと樹木希林の「林檎殺人事件」という歌がやたらにかかっているころで、おかしな振り付けで歌う二人を、店内のテレビでぼんやり眺めながら、出来上がりを待っていた。ときが経って今はコーヒーのスターバックスになっているその華やかな場所に、そんなささやかな店があったのだ。

さて、シュクメルリという聞いたことのない食べ物が世の中に知られたのは昨年の冬。いまやすっかり町の定食屋の役割を取って代わった松屋のメニューに、突然、シュクメルリ鍋定食として登場したからだ。ジョージア (グルジア) の伝統料理のひとつだという。

ジョージアというかグルジアといわれて思い浮かぶのはなんだろう。何かの拍子にああスターリンの生地なんだということや、ニコラス・ケイジ似のイケメン大関、栃の心の母国。音楽でいうといつも心打ち感動させられる二人、ともにリヒテルとも関係の深い、ピアニストのエリソ・ヴィルサラーゼとエリザーベト・レオンスカヤの国。あと、ずいぶん前に孤高の画家、ニコ・ピロスマニの展覧会を、懐かしの西武美術館で観たことがある、というように、これまで案外接点はあったのかもしれない。そう考えると料理にもより興味が持てよう。

そこで世界で一番おいしいニンニク料理!の触れ込みで、昨年、始まったシュクメルリ鍋定食、790円をさっそく食したわけだが、次々に期間限定メニューを出してくる松屋の中でも、これは近年のスマッシュヒットだった。もちろん日本人向けにアレンジしているのだろうが、大ぶりの鶏肉と、乱切りのさつまいもをごろごろ並べた鍋に、チーズのたっぷりかかったホワイトクリームのガーリックソースをかけて、固形燃料でとろとろに熱して、ふうふうしながら食べる。熱々は大事だが、昨冬、初めて口にしたときはやけどしそうになったほどだった。塩気にニンニク風味がしっかり効いて、松屋ならではのどんぶり飯にもよく合い、食がすすんだ。たしかに寒い冬にはぴったりで、変化を求める客のニーズにもうまくはまったから、ツイッターを中心に大きな話題になって、今回再登場したのだろう。今後は定番の季節メニューになるかもしれない。

ジョージアは1991年にソヴィエト連邦から独立、その後さまざまな経緯からロシアに対して反抗する機運が高まり、ソ連時代のグルジアの名称を使い続ける日本にも6年前、ジョージアと呼ぶよう要請したことがニュースになった。日本はすぐに国会の決議で正式にその呼び方を変えて、ようやく認識されつつあるというが、まだまだアメリカのジョージア州と混同されることも多いようだ。

昨年に続いて、駐日ジョージア大使館の一行が、先ほど都内の松屋を訪れたという。店内のカウンターで、シュクメルリ鍋定食を前に、嬉しそうに頬笑む写真が、インターネットにアップされて、ああ今年もやっているんだ美味そうだなあと釣られて、このあいだの寒い日、一年ぶりに食べに行った。はふはふしながら、ジョージア国にとってシュクメルリの話題は、あらためて国旗や国名を日本に広く周知させるのには大した効果だろうと思いながら、大使はホントに、一緒にみそ汁も飲んだのかしらんとも思ったものである。

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